職域における新型インフルエンザ対策の定着促進に関する研究
| 企業向け新型インフルエンザ対策研究
 
【研究課題】
 職域における新型インフルエンザ対策の定着促進に関する研究
 研究代表者 高橋 謙 (産業医科大学教授)

【研究分担者】
 今井鉄平
 森 晃爾
 森兼啓太
 上原正道
 和田耕治
 丸山 崇
 西埜植規秀
 宮村佳孝
 東 敏昭
 Park Eun-Kee
 Vanya Delgermaa
産業医科大学産業生態科学研究所・環境疫学研究室・非常勤講師
産業医科大学産業医実務研修センター所長・教授
山形大学医学部付属病院検査部・准教授
産業医科大学産業生態科学研究所・環境疫学研究室・非常勤助教
北里大学医学部公衆衛生学・講師
産業医科大学産業医実務研修センター・助教
産業医科大学産業生態科学研究所・環境疫学研究室・非常勤助教
産業医科大学産業生態科学研究所・環境疫学研究室・専門修練医
産業医科大学産業生態科学研究所・所長(同作業病態学研究室・教授)
産業医科大学産業生態科学研究所・環境疫学研究室・准教授
産業医科大学産業生態科学研究所・環境疫学研究室・助教

【研究協力者】
 梶木繁之
 石丸知宏
 小田上公法
 太田 寛
 阪口洋子
産業医科大学産業医実務研修センター・講師
産業医科大学産業医実務研修センター専門修練医
産業医科大学産業医実務研修センター専門修練医
北里大学医学部公衆衛生学・助教
北里大学大学院医療系研究科

■ 本ページの目次 ■
  1.研究要旨
2.研究目的
3.研究方法
4.研究結果
  ① 質問票による大企業の新型インフルエンザ対策に関する追跡調査[分担研究1]
② 中規模の企業に対するインタビュー調査[分担研究2]
③ 大企業とサプライチェーンを構成する中小企業における新型インフルエンザ対策上の連携に関するインタビュー調査[分担研究3]
④ 企業における新型インフルエンザ(A/H1N1)の対応に関する調査のレビュー[分担研究4]
5.考察
  ① 質問票による大企業の新型インフルエンザ対策に関する追跡調査[分担研究1]
② 中規模の企業に対するインタビュー調査[分担研究2]
③ 大企業とサプライチェーンを構成する中小企業における新型インフルエンザ対策上の連携に関するインタビュー調査[分担研究3]
④ 企業における新型インフルエンザ(A/H1N1)の対応に関する調査のレビュー[分担研究4]
6.結論
7.研究発表


研究要旨
 
 平成21年度実施の本研究結果からは、『中小企業における新型インフルエンザ対策』と『大企業のサプライチェーン企業対策』の遅れが、企業分野全体の課題として浮上した。また、平成21年春に発生した新型インフルエンザ(A/H1N1)の流行への対応を通じて、大企業を中心に各企業で対策の見直しが行われたと考えられるが、見直しまでの一連の過程で種々の課題が生じたことが予想される。そこで、大企業を中心に行われた対策の見直し、中小企業分野における対策、および、サプライチェーン企業対策の現状や課題を評価することを目的に各種調査を実施した。また、今後の企業分野の課題の整理を目的に、流行期に国内外で実施された各種調査に関する文献調査を行った。
 大企業における対策の調査では、①平成21年度にインタビュー調査を行った大企業18社を対象に質問票による追跡調査[分担研究1]を実施した。中小企業における対策の調査では、②従業員1000人未満の中規模の企業16社を対象としたインタビュー調査[分担研究2]を、サプライチェーン企業対策の調査では、③大企業4社とそのサプライチェーンを構成する中小企業6社を対象としたインタビュー調査[分担研究3]をそれぞれ実施した。また、企業対策に関する文献調査として、④2009年4月以降の新型インフルエンザ(A/H1N1)の対応に関する企業を対象にした調査をインターネット上などから入手し、レビューを行った[分担研究4]。
 大企業においては、調査対象となった多くの企業で、病原性に応じた対応が臨機応変に取れるようにBCPを見直したり、情報収集体制を改善したり、備蓄品の管理方式の見直しを行っていたが、更に効果的な対策実施のために、国レベル・企業レベルで行うべき課題が明らかになった。中小企業においては、明確な規定がない場合でも経営層を中心に柔軟で迅速な対応が可能である一方、集団感染が起こった場合の事業影響は大きいことが考えられた。人的経済的資源の問題からも中小企業単独での対策実施は難しく、外部からの適切な情報提供や支援が必要であると考えられた。サプライチェーン企業対策については、感染防止に関する情報提供に関しては、大企業がサプライチェーンを構成する中小企業にとっての重要な情報発信源となりうることが分かった。一方、効果的な情報交換のために平常時から行っておくべき課題、事業継続計画上の連携に向けた大企業側の課題が明らかになった。文献調査では、企業のトップや社会の意識を高める施策の実施、客と頻繁に対面する事業や不特定多数が集まる場を提供する事業における充実した対策への準備、企業が対策を更に推進するために使用できる簡便なツールなどの開発がそれぞれ課題として浮上した。
 病原性の高い新たな新型インフルエンザの世界的流行に備え、企業分野における国レベルや企業レベルの各種課題の速やかな修正が望まれる。



研究目的
 
 平成21年春に発生した新型インフルエンザ(A/H1N1)の世界的流行への対応を通じて、各企業で種々の混乱や課題が生じたことが考えられる。流行を通じて生じた課題に対して各企業でどのような見直しが行われ、流行終息後にどのような課題が生じたのかを整理することは、今後の新たな新型インフルエンザの世界的流行に備えるためにも重要である。
 また、本研究の初年度である平成21年度に実施した企業の新型インフルエンザ担当者を対象としたアンケートおよびインタビュー調査からは、中小企業における対策の遅れと大企業におけるサプライチェーン企業対策の遅れが、企業分野全体の課題として浮上した。
 本研究では、①H21年度にインタビュー調査を実施した大企業の新型インフルエンザ担当者への質問票調査[分担研究1]を通じて、流行を通じて各企業でどのような見直しが行われ、見直しまでの一連の過程でどのような課題が生じたかを明らかにすることを目的とした。また、中小企業における対策の評価を目的に、②中小企業の担当者へのインタビュー調査[分担研究2]を、大企業とそのサプライチェーンを構成する中小企業の連携の評価を目的に、③大企業担当者とサプライチェーンを構成する中小企業の担当者へのインタビュー調査[分担研究3]をそれぞれ実施した。
 2009年の流行期においては、本研究に限らず、様々な機関、業界団体、調査会社によってリアルタイムに加盟企業などに対する調査が行われており、国内外の新型インフルエンザの企業対策に関する調査のレビュー [分担研究4] を行った。



研究方法
 
 ①質問票による大企業の新型インフルエンザ対策に関する追跡調査[分担研究1]では、平成21年度にインタビュー調査を行った幅広い業種からなる大企業18社を対象に、質問票による追跡調査を2010年9〜12月に実施した。質問票には、a)流行への一連の対応への評価、b)事前計画の修正や改善、c)流行終息後の課題や要望に関する20項目が含まれる。
 ②中規模の企業に対するインタビュー調査[分担研究2]では、従業員1000人未満の中規模の企業16社を対象に、インタビュー調査を2010年7月〜9月に実施した。インタビュー項目には、a)事前の対応計画に関すること、b)インフルエンザ(H1N1)2009に対して実際に行った対策に関すること、c)流行を通じて浮上した課題が含まれる。
 ③大企業とサプライチェーンを構成する中小企業における新型インフルエンザ対策上の連携に関するインタビュー調査[分担研究3]では、製造業と小売業からなる大企業4社とそのサプライチェーンを構成する中小企業6社を対象に、それぞれインタビュー調査を2010年9〜12月に実施した。質問項目には、a)事業への影響度や事業継続計画(BCP)への取り組み、b)大企業から提供可能なサポート/中小企業が望むサポート、c)情報交換に関する双方の考え、d)大企業に対する中小企業側の要望などが含まれ、大企業と中小企業担当者の意識のギャップを評価するため双方で共通する項目を聴取した。
 ④企業における新型インフルエンザ(A/H1N1)の対応に関する調査のレビュー[分担研究4]では、2009年4月以降の新型インフルエンザ(A/H1N1)の対応に関する企業を対象にした調査をインターネット上などから入手し、レビューを行った。
 本研究は企業担当者へのインタビューまたは質問票調査を基本とし、生体試料の採集や侵襲的検査等を行うことは一切ないため、倫理的問題はほとんどないと考えられる。なお、調査の実施に際しては、疫学研究の倫理指針に則り、産業医科大学倫理委員会の審査を受けた。



研究結果

① 質問票による大企業の新型インフルエンザ対策に関する追跡調査[分担研究1]
 今回聴取した企業のほとんどにおいて、流行終息宣言以降、新型インフルエンザに対する危機管理組織が中心となり、BCPの内容および対応の評価を行った上で見直しが行われていた。対策の見直しに関しては、今後のインフルエンザ流行に際し、病原性に応じた対応が臨機応変に取れるようにBCPを見直したり、情報収集体制を改善したり、備蓄品の管理方式を見直しする企業が多かった。また、終息後の従業員の意識を持続するための教育(イントラネット等を用いて)などを行う企業があった。今後の課題に関しては、病原性等の情報や管理状況の軽減や解除の判断に繋がる情報を迅速に提供する体制整備、世界各国の状況の情報収集の体制整備といった国レベルで行なうべきものと、海外子会社との連携、サプライチェーンを通じた新型インフルエンザ対策の展開や非流行時の意識維持など業界および企業レベルで行なうべきものがいくつか挙げられた。

 
② 中規模の企業に対するインタビュー調査[分担研究2]
 今回聴取した企業のほとんどで事前の準備は行われていなかったものの、実際のインフルエンザA(H1N1)流行に際しては、経営層による迅速な意思決定の下、臨機応変な対応が行われていたことが分かった。経営セミナーや商工会議所セミナーなどの情報の他、同業他社やグループ企業の取引先の対策情報が有効に活用されていたようであった。しかし、今後の高病原性の新型インフルエンザへの備えとして、適切な情報提供や公的な支援などいくつかの課題が挙げられた。

 
③ 大企業とサプライチェーンを構成する中小企業における新型インフルエンザ対策上の連携に関するインタビュー調査[分担研究3]
 流行期の感染防止に関する情報提供に関しては、大企業側も提供は可能と考えており、実際に2009年の流行期に中小企業に情報提供を行った企業もあることが分かった。また、中小企業側の情報提供に対するニーズも高いことが分かり、流行期には、大企業が中小企業にとっての重要な情報発信源となり得ることが示唆された。しかしながら、グローバル・マルチカルチャーへの対応、平時からの双方の信頼関係の構築など、流行期に効果的に情報発信が行われるために検討が必要な課題も明らかになった。また、事業継続計画(BCP)に関しては双方で有効な連携が取れておらず、連携推進のために特に大企業側で検討すべき課題があげられた。

 
④ 企業における新型インフルエンザ(A/H1N1)の対応に関する調査のレビュー[分担研究4]
 調査によって企業が対策を検討する上で参考になる他社の状況が明らかになることや、課題の共有が可能となるといった理由のため複数の調査が行われていた。調査で取り上げられた項目としては、対策の実施、事業への影響、情報収集の仕方などが多かった。基本的な感染対策は多くの企業で行われていたが、中小企業を対象にした調査では人手不足であったり、何をして良いかわからないという回答があった。新型インフルエンザ(A/H1N1)による事業への影響があった事例としては、初期の流行の際の関西での学校閉鎖があげられた。



考察
 
① 質問票による大企業の新型インフルエンザ対策に関する追跡調査[分担研究1]
 今回、低病原性のウイルスによる新型インフルエンザの発生によって、各社において病原性に応じた柔軟な対策を取ることができるよう、BCPの見直しを行なっていた。一方で、柔軟な対応を取るための国内の情報が不足しており、産業医等の専門職が直接WHOや米国CDCが公表する情報を判断していたことが分かっている。産業医等の専門職が機能していないような企業においても柔軟な対応が取れるよう、国内におおいて病原性等の情報を迅速に提供する体制整備が望まれる。
 新型インフルエンザ(A/H1N1)の発生で、多くの企業で対策に向けた準備が行われ、経営者から一般従業員に至るまで認識が高まった。しかし、長期化したり、終息に伴って、対策のマンネリ化や従業員の危機管理意識の希薄化も経験されている。流行終息後も社内イントラネット等を利用した従業員教育が不定期に行う企業もあったが、それだけでは十分とは認識されておらず、業界全体や企業単位で、どのように意識を維持していくかが重要な課題として挙げられる。
 今回の調査を通じて、病原性等の情報や管理状況の軽減や解除の判断に繋がる情報を迅速に提供する体制整備など国レベルで行なうべき課題と、サプライチェーンを通じた新型インフルエンザ対策の展開など業界および企業レベルで行なうべき課題が明らかになった。非流行期における意識を維持し、必要な準備を継続して行なっていかなければならない。

 
② 中規模の企業に対するインタビュー調査[分担研究2]
 多くの企業において、流行前からの準備は行われていないものの、実際のインフルエンザA(H1N1)流行に際しては、経営層による迅速な意思決定の下、臨機応変な対応が行われていた。しかしながら、病原性の高い新型インフルエンザが発生する際にも同様の対応が取れるかは分からず、最低限の備えとして、最終意思決定者、緊急連絡体制の整備、休業の取り扱い、感染拡大防止策(うがい、手洗い、マスク、消毒液など)の準備は行っておく必要があると考えられる。
 また、今回の流行に際しては、同業他社の情報や地域のネットワーク、商工会議所の研修などの情報が何らかの形で経営者にもたらせられたために、迅速な対応につながったことが考えられる。今後は、対策に必要な情報が適切な時期に経営トップに提供される仕組みにつき、国・業界団体・企業の各段階における検討が必要であると考えられた。

 
③ 大企業とサプライチェーンを構成する中小企業における新型インフルエンザ対策上の連携に関するインタビュー調査[分担研究3]
 流行期の感染防止策に関しては、大企業がサプライチェーンを構成する中小企業の重要な情報発信源となりうることが分かった。情報収集力の十分でない中小企業にとっては、特にインフルエンザの病原性などの情報が提供されるメリットは大きい。
 一方で、効果的な情報発信がなされるためには、普段からの企業間の信頼関係作り、発信すべき情報の企業の種別に応じた整理など、平常時から検討しておくべき課題が明らかになった。また、事業継続計画上の連携は取れていない企業が多く、大企業側からの働きかけによる今後の双方の連携推進が望まれる。

 
④ 企業における新型インフルエンザ(A/H1N1)の対応に関する調査のレビュー[分担研究4]
 基本的な感染対策は多くの企業で行われていたが、中小企業を対象にした調査では人手不足であったり、何をして良いかわからないという回答があった。有事の際は迅速な対応が求められるが、有事の前の普段からの準備が肝要である。しかしながら準備は企業のトップや社会の意識が高まらないと進めることが難しいため、意識を高めるような施策とともに行う必要がある。新型インフルエンザ(A/H1N1)による事業への影響があった事例としては、初期の流行の際の関西での学校閉鎖があげられた。特に客と頻繁に対面する事業や不特定多数が集まる場を提供する事業への影響は比較的大きいため、それらの企業においてはより充実した対策が普段から求められる。これらの結果は、新たな新型インフルエンザや他の感染症が流行した際にも同様に活用できるため、今回の対応を教訓としながら対応の実際を予め決めておくことで企業への影響をより小さくすることができる可能性がある。また、今後は企業がより対策を推進するために使用できる簡便なツールなどの開発が求められる。



結論
 
 調査対象となった大企業の多くで、実際の新型インフルエンザの流行を機に対策の見直しが行われていた。また、中小企業においては、流行前からの準備は行っていないものの、実際の流行に際しては経営者を中心に柔軟で迅速な対応がとられていた。サプライチェーン企業対策に関しては、大企業が中小企業にとっての感染防止策に関する重要な情報発信源となりうることが分かった。しかしながら、①大企業の追跡調査[分担研究1]では病原性に関する迅速な情報提供(国レベル)や非流行期の意識持続(企業レベル)が、②中小企業のインタビュー調査[分担研究2]では外部からの適切な情報提供や経済的支援が、③サプライチェーン企業対策の調査[分担研究3]では大企業と中小企業間の事業継続計画上の連携や平常時からの情報交換の機会が、④企業対策の文献調査[分担研究4]では企業がより対策を推進するために使用できる簡便なツールなどの開発が、それぞれ課題として浮上した。今後の再流行に備え、国レベル・企業レベルにおける課題の速やかな修正が望まれる。



研究発表
 
1. 学会発表

1) 職域における新型インフルエンザ対策の定着促進に関する研究(第4報)−質問票による新型インフルエンザ流行終息後の追跡調査−石丸知宏, 丸山崇, 今井鉄平, 東敏昭, 宮村佳孝, 西埜植規秀, 上原正道, 和田耕治, 森兼啓太, 高橋謙, 森晃爾 第84回日本産業衛生学会、東京、平成23年5月

2) 職域における新型インフルエンザ対策の定着促進に関する研究(第5報)―中小規模の企業に対するインタビュー調査―丸山崇, 小田上公法, 石丸知宏, 今井鉄平, 東敏昭, 寶珠山務, 西埜植規秀, 上原正道, 和田耕治, 森兼啓太, 高橋謙, 森晃爾 第84回日本産業衛生学会、東京、平成23年5月

3) 職域における新型インフルエンザ対策の定着促進に関する研究(第6報)−サプライチェーン企業と大企業の連携に関するインタビュー調査−、今井鉄平, 高橋謙, 森晃爾,上原正道, 和田耕治, 森兼啓太, 丸山崇, 西埜植規秀, 宮村佳孝, 東敏昭 第84回日本産業衛生学会、東京、平成23年5月

文責:環境疫学研究室/