従業員の新型インフルエンザに対するリスク及び予防策への意識に関する質問票調査
| 企業向け新型インフルエンザ対策研究
 
【研究課題】
 従業員の新型インフルエンザに対するリスク及び予防策への意識に関する質問票調査

【研究分担者】
 今井鉄平
 上原正道
産業医科大学産業生態科学研究所・環境疫学研究室・非常勤講師
産業医科大学産業生態科学研究所・環境疫学研究室・非常勤助教

■ 本ページの目次 ■
  1.研究要旨
2.研究目的
3.研究方法
4.研究結果
5.考察
6.結論


研究要旨
 
 新型インフルエンザの流行に対し、各企業の危機管理組織を中心とした職場の感染防止策が有効に機能するためには、企業対策が従業員のレベルに浸透し、各従業員が適切な感染防止行動を取れることが重要である。本調査では、新型インフルエンザのリスク・予防策への意識に関する質問票調査を通じて、企業対策の従業員への浸透度を評価することを目的とした。
 製造業を中心とする企業7社に勤務する全従業員16,627人を対象に自記式質問票調査を実施した。質問票には、対象者の性・年齢・居住地域・職位などのプロフィール、[1]新型インフルエンザについての知識、[2]感染予防行動への意識、[3]企業対策への評価、[4]新型インフルエンザへのリスク意識が含まれる。
 回答の得られた8,905部の解析を行ったところ、[1]知識では「感染リスクの考え方」・「感染予防策の優先順位」、[2]感染予防行動への意識では「感染リスク回避行動」、[3]企業対策への評価では「指示の的確さ」や「相談体制」に課題を認めた。また、ロジスティック回帰分析で、[2]感染予防行動の意識に関連する因子を評価した結果、「年齢(40歳以上)」、「企業対策への高い評価」、「感染源になることへの恐れ」の3項目が正の予測因子、職種(営業職・現場作業)が負の予測因子であった。
 今後、各企業において、上記課題への対応とともに、特に若年層(40歳未満)や営業職・現場作業者を対象に企業対策や感染拡大防止策の重要性に関するコミュニケーションの強化を図ることが望まれる。



研究目的
 
 新型インフルエンザ(A/H1N1)の流行に際し、企業分野では危機管理組織を中心とした職場の感染防止策が行われてきた。しかしながら、会社方針や指示・啓発内容がどの程度従業員個人レベルにまで浸透し、結果としてどのような感染予防行動が取られたかは明らかではない。本調査では新型インフルエンザのリスク及び予防策への意識に関する質問票調査を通じて、企業対策の従業員個人レベルへの浸透度を評価することを目的とした。



研究方法
 
 製造業を中心とする企業7社(大企業4社、中小企業3社)の全従業員16,627人を対象に、新型インフルエンザのリスク及び予防策への意識に関する自記式質問票調査を2009年11〜12月に実施した。質問票には、対象者の性・年齢・居住地域・職位などの基本属性、[1]新型インフルエンザについての知識、[2]感染予防行動への意識、[3]企業対策に対する評価、[4]新型インフルエンザへのリスク意識に関する38項目が含まれており【資料1のダウンロード】、項目間の関連につき、以下の二つの解析を行った。
 
  解析1.[1]〜[4]に含まれる質問項目と基本属性の関連の評価
 解析1については、「[1] 新型インフルエンザの知識」に含まれる10項目の正答率、及び、「[2]感染予防行動への意識(普段から行っている予防行動)、[3]企業対策への評価、[4]リスク意識」に含まれる28項目の肯定的な回答率(5段階評価で「思う」「まあ思う」と回答した割合)と、基本属性(「性(男性/女性)」「年齢(40歳未満/40歳以上)」「職種(現場作業・営業職/その他*)」「職位(管理職/一般職)」)の関連につき、χ2検定で評価を行った。また、「一般知識の定着度」と「企業対策への評価」の総合指標として「K[nowledge]スコア」と「I[nstitutional]スコア」をそれぞれ作成し、基本属性との関連をt検定で評価した。

* その他の職種:事務・企画、研究・開発、生産技能・技術、その他の4職種が含まれる。

Kスコア:「[1] 新型インフルエンザの知識」に含まれる5項目(発熱時の出社判断、感染リスク低減方法、場所による感染リスクの違い、医療機関受診判断、感染予防策の優先順位)につき、正解を1点として5点満点で集計した。

Iスコア:「[3]企業対策への評価」に含まれる5項目(明確な会社方針、具体的な指示、情報提供体制、衛生用品の準備、相談体制)につき、肯定的な回答(「思う」、「まあ思う」)を1点として5点満点で集計した。
 
  解析2.[2]従業員の感染予防行動に関連する因子の評価
 解析2については、従業員の感染予防行動に関連する因子(基本属性、一般知識、企業対策への評価、リスク意識)につき、ロジスティック回帰分析を用いて評価した。ここでは、結果変数を「[2]感染予防行動への意識」に含まれる5項目(発熱時の出勤自粛、咳エチケットの実施、休日の外出自粛、通勤ラッシュの回避、出社・帰宅時の手洗い)とし、説明変数を、基本属性(性[女性]、年齢[40歳以上]、職種[現場作業・営業職]、職位[管理職]))、K-スコア(0-5点)、I-スコア(0-5点)、出勤自粛をしやすい職場風土(1-5点**)、感染源になることへの恐れ(1-5点**)の8項目とした。

** 5段階の回答(思わない、あまり思わない、いずれでもない、まあ思う、思う)で、思わないを1点、思うを5点とした。
 
 本研究は自発参加方式の自記式質問票調査を基本とし、生体試料の採集や侵襲的検査等を行うことは一切ないため、倫理的問題はほとんどないと考えられる。なお、調査の実施に際しては、疫学研究の倫理指針に則り、産業医科大学倫理委員会の審査を受けた。



研究結果
 
 回答の得られた8,905部(有効回答率:53.6%)につき解析を行った。
 
解析1.質問項目と基本属性の関連の評価表1のダウンロード
  [1] 新型インフルエンザの知識
 一般的な知識を問う問題の正解率は高いものの(ワクチン接種の効果:99%、感染経路:99%、マスクの予防効果:99%、発熱時の出社判断:94%、感染による死亡リスク:90%)、感染リスクの考え方や具体的な感染リスク低減方法を問う問題への正解率は低かった(感染リスク低減方法:56%、場所による感染リスクの違い:53%、発熱時の出勤自粛日数の目安:40%、医療機関受診判断:29%、感染予防策の優先順位:11%)。後者に含まれる項目を中心に集計したK[nowledge]スコア(5点満点)の平均点は2.5点であった。
 基本属性別の比較では、年齢・性では一定の傾向を認めなかったが、職種では営業・現場作業以外の職種で、職位では管理職で、それぞれ比較的高い正解率とK-スコア得点を示した。
 
  [2] 感染予防行動への意識(普段から行っている感染予防行動)
 周囲への感染拡大防止策については、咳エチケット(90%)に比べ、発熱時の出勤自粛(70%)への意識が低かった。(自分に対する)感染予防策については、手洗い(78%)・うがい(80%)・体調管理(80%)等の衛生習慣と比べ、休日の外出自粛(65%)、人ごみでのマスク着用(50%)、通勤ラッシュの回避(50%)等の感染リスクの回避への意識が低かった。
 基本属性別の比較では、年齢では40歳以上で、性では女性で、職位では管理職で予防行動への意識が高い傾向を認めた。職種では一定の傾向を認めなかった。
 
  [3] 企業対策に対する評価
 企業対策を有効と評価する割合は77%で、個別の対策への評価に関しては「会社の指示内容」や「相談体制の整備」において比較的低かった(明確な会社方針:88%、衛生用品の準備:82%、有益な情報提供:75%、的確な指示:66%、相談体制の整備:66%)。会社からの情報へのアクセスは89%と高いものの、指示に従い実際に個人的に衛生用品を備蓄した割合は73%と比較的低かった。発熱時の出勤自粛を行いにくい職場風土があるとする割合は13%と低かった。個別の企業対策に関する項目を中心に集計したI[nstitutional]スコア(5点満点)の平均点は3.8点であった。
 基本属性別の比較では、年齢では40歳以上で、性では男性で、職種では営業・現場作業以外の職種で、職位では管理職で、企業対策への評価やI-スコア得点が高い傾向にあった。
 
  [4] 新型インフルエンザへのリスク意識
 感染に対する恐れを抱く割合は比較的高く(感染への恐れ:59%、感染源になることへの恐れ:56%)、流行への無関心は12%と低かった。また、予防策の効果への評価も比較的高かった(予防策は無効:14%、予防策への無理解:8%)。
 基本属性別の比較では、年齢では40歳未満で、性では男性で、職種では営業・現場作業者で、職位では一般職で、感染への恐れ、流行への無関心、予防策への低評価を示す割合が高かった。
 
解析2.感染予防行動に関連する因子の評価表2のダウンロード
   「発熱時の出勤自粛」では、年齢(40歳以上)[OR:1.56]、出勤自粛をしやすい職場風土(1-5点)[OR:1.32]、職位(管理職)[OR:1.31]、性(女性)[OR:1.20]、職種(営業・現場作業)[OR:1.14]、I-スコア(0-5点)[OR:1.13]、感染源になることへの恐れ(1-5点)[OR:1.12]が正の予測因子、K-スコア(0-5点)[OR:0.94]が負の予測因子であった。

 「咳エチケット」では、性[OR:1.86]、年齢 [OR:1.66]、感染源になることへの恐れ[OR:1.44]、I-スコア[OR:1.21]、出勤自粛をしやすい職場風土[OR:1.17]が正の予測因子、職種 [OR:0.82]が負の予測因子であった。

 「休日の外出自粛」では、年齢 [OR:1.89]、感染源になることへの恐れ[OR:1.23]、I-スコア[OR:1.19]、職位[OR:1.18]が正の予測因子であった。

 「通勤ラッシュの回避」では、年齢 [OR:1.48]、I-スコア[OR:1.22]、感染源になることへの恐れ[OR:1.17]、職位[OR:1.12]が正の予測因子、職種 [OR:0.86]、性[OR:0.85]が負の予測因子であった。

 「手洗い」では、性[OR:1.44]、年齢 [OR:1.33]、I-スコア[OR:1.20]、感染源になることへの恐れ[OR:1.20]が正の予測因子、職種 [OR:0.80]が負の予測因子であった。



考察
 
解析1.質問項目と基本属性の関連の評価
  [1] 新型インフルエンザについての知識
 感染経路など一般的な知識を問う質問に比べ、感染リスクの考え方に関する質問(場所による感染リスクの違い、感染伝播力が低減する距離や解熱後の日数、医療機関受診の判断、感染予防策の優先順位)への正解率が極端に低かった。この一因として、企業から従業員への対策周知の段階で、感染リスクの考え方が十分に強調されなかった可能性が考えられる。なお、当研究班の調査の一環として企業の新型インフルエンザ対策担当者を対象に実施した企業対策に関する質問票調査においても、感染リスクの評価を基にした企業対策を実施している割合は14%と低く、企業担当者レベルにおいて感染リスクの考え方が重視されていない傾向を認めた。
 
  [2] 感染予防行動への意識
 手洗い・うがい等の衛生習慣に比べ、感染リスク回避行動(休日の外出自粛、通勤ラッシュの回避)や発熱時の出勤自粛への意識が低かった。この一因として、[1]新型インフルエンザの知識を問う質問においても、90%がうがい・手洗い等の衛生習慣を最も重要な対策と考えているなど、予防策の優先順位が従業員に正しく理解されていない可能性が考えられる。各企業においては、今後の企業対策の従業員レベルへの通達の段階で、「感染リスクの考え方」や「感染予防策の優先順位」をより強調して伝えることが望まれる。
 
  [3] 企業対策への評価
 企業対策の中では、明確な会社方針、衛生用品の準備、従業員への情報提供に関しては評価が高い一方、「指示の的確さ」や「相談体制の整備」の評価が低かった。一般的な情報提供に関しては十分な対応が図られているが、具体的な企業対策の指示伝達や従業員からの相談への対応に関して、各企業で今後の強化が望まれる。
 
  [4] 新型インフルエンザへのリスク意識
 新型インフルエンザ流行への関心や予防策の効果に対する評価は、比較的高いものであった。また、自分が感染することへの恐れだけでなく、自分から周囲に感染を広めてしまうことへの恐れも抱く従業員が多く見られた。
 全般的に、年齢では40歳以上、性では女性、職種では営業・現場作業以外の職種、職位では管理職が予防策への良い意識を示す傾向にあった。特に、営業・現場作業者は、不特定多数の人と接触する場面に遭遇する可能性が高く、他の職種の従業員よりも適切な感染予防行動を行うことが求められるため、各企業における今後の教育等が望まれる。
 
解析2.感染予防行動に関連する因子の評価
   「年齢(40歳以上)」、「I-スコア」、「感染源になることへの恐れ」が、5項目の感染予防行動で正の予測因子となり、職種(営業・現場作業)は3項目で負の予測因子となった。このことから、各企業において、特に、若年層(40歳未満)、及び、営業・現場作業者を対象に、企業対策の更なる周知徹底や、周囲への感染拡大防止の重要性につき十分なコミュニケーションが図られることが重要と考えられる。



結論
 
 全般的に企業対策や予防策の有効性への評価は高い傾向にあるものの、知識では感染リスクの考え方・感染予防策の優先順位、感染予防行動への意識では感染リスク回避行動、企業対策への評価では指示の的確さや相談体制に課題を認めた。また、若年層(40歳未満)、営業職・現場作業者、一般職の従業員において、比較的望ましくない意識を示す傾向にあった。感染予防行動への意識では、企業対策への高い評価や感染源となることへの恐れが正の予測因子となっており、特に、若年層(40歳未満)と営業・現場作業者を対象に、感染リスクの考え方、企業対策や感染拡大防止の重要性につき、更なるコミュニケーションの徹底を図ることが各企業に望まれる。

文責:環境疫学研究室/