企業における新型インフルエンザ対策の実施状況に関する質問票調査
| 企業向け新型インフルエンザ対策研究
 
【研究課題】
 企業における新型インフルエンザ対策の実施状況に関する質問票調査

【研究分担者】
 今井鉄平
 東 敏昭
産業医科大学産業生態科学研究所・環境疫学研究室・非常勤講師
産業医科大学産業生態科学研究所・所長(同作業病態学研究室・教授)

■ 本ページの目次 ■
  1.研究要旨
2.研究目的
3.研究方法
4.研究結果
  [1] 新型インフルエンザ(A/H1N1)流行前から準備していた対策
[2] 新型インフルエンザ流行に対して実際に行った対策
[3] 新型インフルエンザの流行を通じて浮上した課題
[4] 再流行に向けての準備(実施を考えている項目)
5.考察
  [1] 新型インフルエンザ(A/H1N1)流行前から準備していた対策
[2] 新型インフルエンザ流行に対して実際に行った対策
[3] 新型インフルエンザの流行を通じて浮上した課題
[4] 再流行に向けての準備(実施を考えている項目)
6.結論


研究要旨
 
 新型インフルエンザの流行に備え、企業分野ではガイドラインに準拠して職場の感染予防や事業継続計画への準備を進めてきたことが考えられる。しかしながら、実際の新型インフルエンザ(A/H1N1)の流行は事前の想定とは異なる形で起こり、実際の対応に際して混乱や種々の課題が生じたことが予想される。本調査では、企業対策に関する質問票調査を通じて、流行に際して行われた対策や課題、今後の再流行への備えを検証することを目的とした。
 全国1,010の様々な業種の企業を対象に、自記式質問票調査を2009年7〜8月に実施した。質問票には、業種・所在地域などのプロフィールの他、[1]新型インフルエンザ流行前から準備していた対策、[2]流行に対して実際に行った対策、[3]流行を通じて浮上した課題、[4]今後の再流行に向けての準備が含まれる。

 回答の得られた479部の解析を行ったところ、大企業や担当者を選任している企業においてはガイドラインの認知度は高く、実際の流行に際しても種々の情報源にアクセスしながら必要性の高い感染予防策を実施する傾向にあった。しかしながら、中小企業や担当者不在の企業においては、ガイドラインに準拠した対策や実際の流行への感染予防策の実施率が低く、流行を通じて(予防策の優先順位が分からない等の)感染予防策に関する課題が挙げられる傾向にあった。今後の再流行に向けては、大企業を中心に計画の修正に関する意識が比較的高い一方、中小企業や担当者不在の企業では計画の修正よりも備蓄品に関する意識が高かった。中小企業においては行動計画自体の作成の遅れから、実際の流行を通じて計画のテストがなされなかったことも一因と考えられる。
 今後の再流行に備え、中小企業や担当者不在の企業においては、ガイドラインへのアクセス・担当者の選任とともに、速やかな行動計画の作成が望まれる。



研究目的
 
 新型インフルエンザの流行に備え、各企業においては、「事業者・職場における新型インフルエンザ対策ガイドライン*」に準拠して、職場の感染予防や事業継続計画(BCP)への準備を進めてきたことが考えられる。しかしながら、実際の新型インフルエンザ(A/H1N1)の流行は事前の想定とは異なる形で起こり、各企業においては対応計画の修正を余儀なくされるなど、実際の対応に際して混乱や種々の課題が生じたことが予想される。更に、企業分野においては、今後の再流行や新たな感染症流行に備え、今回浮上した課題を修正し、流行への入念な備えを行っておくことが重要となる。
 本調査では、企業の新型インフルエンザ対策担当者を対象とした質問票調査を通じて、わが国の企業分野において、新型インフルエンザの流行に際して行われた対策や課題、今後の再流行への備えを検証することを目的とした。
* http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/09.html



研究方法
 
 全国1,010の様々な業種の企業(大企業731社、中小企業279社)の新型インフルエンザ担当者を対象に、自記式質問票調査を2009年7〜8月に実施した。大企業については、産業医科大学卒業生が専属産業医として勤務する企業、及び、会社四季報から従業員数が3,000人を超える一部上場企業を抽出し、質問票を送付した。中小企業については、労働衛生機関や個人として嘱託産業医活動を行っている医師の協力を得て、協力者が嘱託産業医として契約する企業を対象に質問票を送付した。質問票には、回答企業の業種・所在地域などのプロフィールの他、[1]新型インフルエンザ流行前から準備していた対策、[2]流行に対して実際に行った対策、[3]流行を通じて浮上した課題、[4]今後の再流行に向けての準備などに関する68項目を含めている【資料1のダウンロード】。
 解析では、[1]〜[4]に含まれる各項目の肯定的な回答率([1]、[2]では3段階評価で「はい」と回答した割合、[3]、[4]では7段階評価で「まあ思う」「思う」「とてもそう思う」のいずれかに回答した割合)と、基本属性[「企業規模(大企業/中小企業)」、「業種(ライフライン関連**/その他)」、「地域(関東/その他)」、「危機管理担当者の有無(専任/兼任/なし)」]との関連につき、χ2検定で評価を行った。

**ライフライン関連企業は、運輸業、電気・ガス・水道業、情報通信業のいずれかに該当する企業とした。

 本研究は、企業を対象とした無記名かつ自発参加方式の自記式質問票調査を基本としており、倫理的問題はほとんどないと考えられる。なお、調査の実施に際しては、疫学研究の倫理指針に則り、産業医科大学倫理委員会の審査を受けた。



研究結果

 回答の得られた479社(有効回答率:47.4%)につき解析を行った【資料2のダウンロード】。
 
[ 1 ] 新型インフルエンザ(A/H1N1)流行前から準備していた対策
 「事業者・職場における新型インフルエンザ対策ガイドライン」の認知度は全般的には比較的高いものであった(ガイドラインの存在を知っている:92%、ガイドラインに準拠した社内対策を進めてきた:67%)。しかしながら、基本属性別の比較では、企業規模では中小企業、業種ではライフライン以外の企業、地域では関東以外、担当者では選任していない企業で、それぞれ、ガイドラインの認知度や対策の実施率が悪い傾向を認めた。特に担当者の有無による実施率の格差が大きかった[専任の担当者あり:82%、担当者なし:32%]。
 個別の企業対策に関しては、危機管理組織や感染予防策に関する項目は実施している割合が比較的高かった[従業員への情報発信(73%)、緊急連絡体制(72%)、発熱者情報管理(69%)、危機管理組織設置(68%)、経営トップの方針表明(66%)、情報収集担当者選任(65%)、感染防止策制定(64%)、衛生用品の備蓄(63%)]。一方で、分散型事業場の対策[危機管理組織設置(37%)、感染防止策制定(33%)]、事業継続に関する対策[BCPの策定(30%)、重要業務の選定(24%)、サプライチェーンとの連携(23%)、机上訓練の実施(11%)、交替勤務の準備(8%)、代替企業の選定(5%)、クロストレーニングの実施(5%)]、定期的な計画の改善(30%)、職場の感染リスク評価(14%)において実施率が低かった。
 基本属性別の比較では、大企業(企業規模)、ライフライン関連(業種)、関東(地域)、担当者を選任している企業(担当者の有無)で対策の実施率が高い傾向を認めた。

 
[ 2 ] 新型インフルエンザ流行に対して実際に行った対策
 流行に際しては感染予防策を中心とした対応が各社で取られる傾向にあり、BCPの発動をしたのは9%に留まった。感染予防策では、定期的な情報発信(83%)、不要不急の出張延期(81%)、発熱者の出勤停止(79%)、北米・メキシコへの出張禁止(67%)、危機管理組織の立ち上げ(65%)、入り口へのアルコール製剤設置(65%)の実施率が高く、流行地域からの帰任者の出勤停止(53%)、通勤時のマスク着用(51%)、大規模集会の中止(40%)、新たなマニュアル作成(39%)、訪問者の検温(35%)、関西方面への出張禁止(32%)、サプライチェーンへの対策要請(29%)、勤務中のマスク着用(19%)、共有部分の消毒(19%)、一時的な在宅勤務(16%)、時差通勤の実施(12%)、社員同士の距離確保(9%)の実施率が比較的低かった。
 基本属性別の比較では、実施率の高かった6項目、帰任者の出勤停止、新たなマニュアル作成、訪問者の検温、サプライチェーンへの対策要請、共有部分の消毒の計11項目につき、大企業(企業規模)、ライフライン関連(業種)、関東(地域)、担当者を選任している企業(担当者の有無)で対策の実施率が高い傾向を認めた。

 
[ 3 ] 新型インフルエンザの流行を通じて浮上した課題
 93%が多くの課題が見つかったとし、56%が事前の計画の大幅な修正が必要だったと回答した。計画の修正は、大企業(企業規模)、ライフライン関連(業種)、関東(地域)、担当者を選任している企業(担当者の有無)で肯定的な回答率が高い傾向にあった。
 対策の参考にした情報源については、行政機関(84%)、他社動向(76%)、国際機関(76%)、医療職の関与(68%)の順となった。行政機関を除く3項目で、大企業(企業規模)、ライフライン関連(業種)、関東(地域)、担当者を選任している企業(担当者の有無)で肯定的な回答率が高い傾向にあった。なお、ガイドラインが役に立たなかったとするのは29%と比較的低かった。
 分からなくて困った点については、予防策の優先順位(79%)、予防策発動のタイミング(77%)、BCP発動のタイミング(61%)、感染予防手技(61%)の順であった。BCPを除く3項目で、中小企業(企業規模)、ライフライン関連以外の業種(業種)、関東以外の地域(地域)、担当者不在の企業(担当者の有無)で肯定的な回答率が高い傾向にあった。
 準備に不備のあった項目については、従業員教育(63%)、備蓄品の個数(61%)、事業場別の行動計画(60%)、関連する人事制度(50%)、緊急連絡体制(41%)の順であった。いずれも、中小企業(企業規模)、ライフライン関連以外の業種(業種)、関東以外の地域(地域)、担当者不在の企業(担当者の有無)で肯定的な回答率が高い傾向にあった。
 従業員に指示が伝わらなかったとする割合は31%と比較的低く、大企業(企業規模)、ライフライン関連以外の業種(業種)、関東以外の地域(地域)、担当者不在の企業(担当者の有無)で肯定的な回答率が高い傾向にあった。

 
[ 4 ] 再流行に向けての準備(実施を考えている項目)
 再流行に備えて今後の実施を考えている項目については、備品の備蓄(80%)、計画発動タイミングの修正(68%)、事業場別行動計画の修正(68%)、行動計画やマニュアルの修正(67%)、BCPの修正(66%)、情報管理体制の修正(55%)、危機管理組織の修正(48%)、人事制度の修正(47%)の順であった。現在の備えで十分とする割合は32%と低かった。
 基本属性別の比較では、計画発動タイミング、事業場別行動計画、行動計画やマニュアル、BCPの4項目で、大企業(企業規模)、関東(地域)、担当者を選任している企業(担当者の有無)で肯定的な回答率が高い傾向にあった。



考察
 
[ 1 ] 新型インフルエンザ(A/H1N1)流行前から準備していた対策
 全般的にガイドラインの認知度やガイドラインに準拠した対策の実施率は比較高く、企業分野へのガイドラインの浸透度は比較的高いことが考えられた。しかしながら、基本属性別の比較では、中小企業や担当者不在の企業では実施率が極めて低く、今後の中小企業分野へのガイドラインの更なる普及促進が望まれる。
 個別の対策に関しては、危機管理組織や職場の感染予防に関する項目の実施率が高いものの、基本属性別の比較では、中小企業、担当者不在の企業において実施率が特に低い傾向を認めた。また、全般的に事業継続への取り組みや分散型事業場への対策の実施率が低い傾向にあったが、基本属性別の比較ではライフライン関連企業と担当者を選任している企業で比較的実施率が高かった。担当者の有無が企業対策の進捗に大きく関連していること、危機管理組織や職場の感染予防策の進捗には企業規模が、事業継続への取り組みには業種がそれぞれ関連していることが示唆された。今後の企業分野の対策促進に際しては、各企業における担当者の選任が最優先される。

 
[ 2 ] 新型インフルエンザ流行に対して実際に行った対策
 多くの企業で感染予防策を中心とした対策が取られる傾向にあった。特に実施率が比較的高かった項目は、定期的な情報発信、不要不急の出張延期、発熱者の出勤停止、北米・メキシコへの出張禁止、危機管理組織の立ち上げ、入り口へのアルコール製剤設置の6項目であった。基本属性別の比較では、@流行前からの準備同様、中小企業、及び、担当者不在の企業で特に実施率が低い傾向にあった。なお、感染予防策のうち、大規模集会の中止、関西方面の出張禁止、勤務中のマスク着用については、専任の担当者のいる企業での実施率は低く、担当者を中心に必要性を考慮しながら流行期の対策が講じられた可能性が考えられる。

 
[ 3 ] 新型インフルエンザの流行を通じて浮上した課題
 流行を通じて課題が見つかったとする企業が多くみられたが、課題の内容は基本属性別に様々であることが示唆された。予防策の優先順位・発動のタイミング、従業員教育、事業場別の行動計画、人事制度を課題として挙げる企業は、担当者不在の企業において特に多かった。また、対応に関しての情報源は、大企業・担当者を選任している企業では、行政情報だけに留まらず、他社動向・国際機関にもアクセスしている他、産業医等の医療職の関与も示唆された。大企業や担当者を選任している企業においては、事前の準備に加え、医療職の関与も含めた、幅広い情報源にアクセスできたことが、感染予防策上の課題が比較的少なかった要因の一つと考えられる。

 
[ 4 ] 再流行に向けての準備(実施を考えている項目)
 現在の備えで十分とする企業は少なく、備蓄品や行動計画の見直しを必要と考えている企業が多くみられた。中小企業・担当者不在の企業では備蓄品の見直しを特に重視する傾向が、大企業・担当者を選任している企業では計画の見直しを特に重視する傾向にあった。中小企業を中心に行動計画そのものを作成していない企業が多く存在することが考えられ、今回の流行を通じて実際に計画がテストされなかったために計画の修正が課題として認識されていないことが懸念される。中小企業・担当者不在の企業においては、再流行に備えた速やかな行動計画の整備が望まれる。



結論
 
 中小企業や担当者を選任していない企業においては、ガイドラインの認知度やガイドラインに準拠した新型インフルエンザ対策の実施率が低い傾向にあった。また、実際の新型インフルエンザ(A/ H1N1)流行に際して、大企業・担当者を選任している企業では、担当者を中心に(医療職の関与を含めた)幅広い情報源にアクセスし、必要性に応じた感染予防策が選択された可能性が示唆された。中小企業・担当者不在の企業においては流行後の行動計画の修正に関する認識が低かったが、行動計画そのものの不備から、今回の流行を通じたテストがなされなかった可能性が考えられる。今後の再流行に備え、中小企業・担当者不在の企業においては、ガイドラインへのアクセス・担当者の選任とともに、速やかな行動計画の作成が望まれる。

文責:環境疫学研究室/